日本行動分析学会ニュースレター

J−ABAニューズ
1998年 夏号 No. 11


目次


なぜ14歳少年が残虐行為を犯したのかをめぐるマスコミ論調について

佐久間 徹(梅花女子大学)

 昨年5月、神戸で14歳の中学生が連続殺人を犯し、世間を大いに驚かせた。マスコ ミはこぞって大騒ぎをしたが、その後、中学生が校内で女性教師をナイフで殺害する という事件やアメリカでは小学生が学校で銃を乱射する事件などがあり、人々の関心 はその方へ移ってしまい、古い話になってしまった感じである。しかし、あの事件は 、本人と母親が児童相談所のカウンセリング指導を受けている最中での事件だったこ ともあり、われわれのような仕事をしている者にとっては、人格障害→医療少年鑑別 所送致という結論ではおさまらない多くの問題を残しているように思える。
 犯人逮捕に先だって、犯罪心理学者、精神科医師、作家、評論家など、マスコミに 登場する専門家たちは、30歳代の犯人像を想像し、14歳の少年の逮捕で大いに驚いた 。続いて、なにゆえに14歳の中学生が想像を超える残酷さで殺人とあのような死体損 傷までしたのか? その動機をめぐっての解説記事がマスコミを賑わせた。偏差値教 育による過度の学校ストレス、生命軽視の風潮、バーチャルゲームによる現実・虚構 の混乱、さらには、脳障害、精神障害、突然変異説まで飛び出し、「朝まで生テレビ 」では、文字通り、動機をめぐって朝まで激論を交わしていた。一人の少年の行動に ついて、あまりにも多彩な動機論の展開を見ていて、まず、新聞切り抜き、続いて、 週刊誌・月刊誌の記事を収集してみた。数えてみると、私のスクラップブックには24 点の記事になっていた。まあ〜各人各様に、いかにも、なるほど、と思える解説がさ れていた。では、誰の解釈が正しく、誰の解釈が見当違いなのか、ということになる と、まったくわからない! こうなれば、ようするに、「わからん」ということが正直 なところではないのだろうか?このことに気づき、24点の記事をまとめて、ある小さ な研究グルーフ゜で報告してみた。「もしマスコミが私のところに意見を求めに来た ら、わからん、と大声で言ってやるのだが…」というと、「そりゃだめだ、編集でボ ツになる」という反論を受けた。その後、この時の発表に、9月以降に次々に出され た単行本7点を付け加えて、3月に関西行動療法研究会の定例会でも発表した。
 今日のわれわれは、小学校から大学に至るまでの過程で、つまり、思考の基礎部分 が形成される過程で、つねに「なぜですか?」の問いの連続の中で過ごす。その問い に、「〇〇です」と答えられると、賞賛、承認、賛美され、一方、「わかりません」 と答えると、叱責、処罰、不合格が待ち受けている。このようなシステムの中で過ご し、気がついたら、理解できない問題に対して、すなおに、「わかりません」と答え ることが出来なくなっているようだ。よくわからない問題に出会うと、とにかく、も っともらしい答えを出さずにはおれない。これって、現代人の一大疾患なのではない だろうか?よくわからないものに対して、「わからない」とそっちょくに認めながら 、上手な解決策を編み出す。そうゆうことをしなければならない問題が存在するはず である。こうした解決策は昔からあるのであって、われわれは、昔人の「賢い知恵」 と呼んでいる。気がついてみると、自然科学とその応用技術の発展の中で、「賢い知 恵」に感心するのみで、みずからの手で新たなる「賢い知恵」を積み上げることをし ていなかった。
 オペラント条件付けというのは、なぜ反応頻度が増大したり減少したりするのか、 なぜ般化や分化をするのか、現象の法則性は把握しているが、その内部メカニズムは いっこうに不明のままである。ということは、オペラント条件付けこそが、わからな い問題に対する賢い解決策を生み出す有力なツールなのだと見なすことが出来るよう に思われる。  神戸14歳の中学生の動機について、文芸春秋が検事調書のスクープをして、これも 大いに世間を騒がせた。読んでみると、要するに、残虐行為にともなう情動体験が強 化子として働いていることが明らかである。オペラント条件付けで考えるならば、単 純すぎるかもしれないが、生命体を大切にする行為そのものがその行為の強化子とし て働くような拮抗条件付けをすればいいということになる。カウンセリング指導を受 けていた児相で、あるいは、医療少年鑑別所で、こうした発想を受け入れる姿勢があ ったならば、と思うのである。


研究室紹介:東京学芸大学氏森ゼミ

小笠原 恵(東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科発達支援講座)

 新宿より中央線に乗って約30分、東京学芸大学は都心から離れた、閑静な住宅街に その校舎を構えています。構内は、移動には自転車が必要なほど広い敷地と季節によ って様々な花々を咲かせる多くの樹木に恵まれています。氏森研究室は、正門に最も 近い研究棟の片隅にあります。私が氏森研究室のドアを叩いたのは、かれこれ10年以 上前、いったい誰がどういう人なのだろうと、その出入りする人の多さと種類の多さにびっくりさせられたものです 。それは今も変わらず。卒業したOBが、研究室で飲むお酒の魅力から抜け出せずに、 卒業後も何かと理由を付けては出入りすることが多いためでしょう。
 研究室では、毎週土曜日に就学前から高校生までを対象とした臨床活動(セラピー) を行っています。セラピーでは、氏森先生を総大将に掲げ、博士課程や修士課程の学 生を中心に、似たような研究テーマを持つ者同志が集まってグループを作ります。氏 森先生の指導の下に、各グループが自主的に指導内容や計画を決めています。現在は 20名以上の子どもが通っています。
 毎週1回のセラピーに加えて、千葉県の御宿に合宿所を設けて、年に2回子ども達 と合宿を行います。御宿合宿が始まる前は、毎年1回、夏休み中に2泊3日で、セラ ピーに参加している子ども達全員が参加する合宿を行っていましたが、御宿での合宿 が始まってからは、グループ毎に、だいたい5、6名の子ども達と学生が参加して、 3度の食事を作ることから始まって、掃除や洗濯、布団の上げ下ろしなど全て自分た ちの手で行っています。
 何年か前、お酒を飲むと語られる氏森先生の夢の中に、博士課程設立とセラピーを 卒業した子ども達のグループホーム設立の2つがありました。その1つは96年の連合 大学院(東京学芸大、横浜国立大、千葉大、埼玉大の教育学部の4つから構成)の設 立においてかなえられ、現在、氏森研究室には3名の学生が所属しています。もう1 つのグループホーム設立については非常に難航し、様々な場所が候補に挙げられては 、その候補地が大鷹の生息地の保護区であったり、交渉がうまくいかずにダメになっ たりしてきました。そんな中で、7年ほど前、千葉県の御宿に大きな民家を一軒借り 入れることができ、現在の合宿所となりました。海に近くて海水浴や釣りができるこ と、畑から様々な野菜が収穫できることで、御宿に行くことを私達も子ども達も非常 に楽しみにしています。
 卒業生が日本各地に広がる一方で、大学院生や新4年生や特別専攻科の学生、本年 度もたくさんの学生が新たに加わりました。
 さあ、研究室ではきょうもそろそろ「お酒を」の声が聞かれる頃かな?さあ、私も 行って、参加しよう、と!!


「男はつらいよ 寅次郎の青春」:
車寅次郎は行動主義者である

シリーズ:jABAシアター −行動分析的視点で映画をみると−
伊藤正人(大阪市立大学)

「ああだめだ。それじゃあ愛してないのと同じだよ。思っているだけで何もしないん じゃな、愛してないのと同じなんだよ。おまえの気持ちを相手に通じさせなきゃ。愛 しているんだったら態度でしめせよ」と寅次郎がガールフレンド泉との恋に悩む甥っ 子満男に講釈を始める。「男はつらいよ」シリーズおきまりの寅次郎の講釈の場面で ある。
 山田洋次監督作品の映画「男はつらいよ」は、主演男優渥美清の死去により打ち切 られるまで、48作を数えた映画史上例を見ないシリーズ物となった。この映画は、東 京の葛飾柴又の帝釈天の参道脇にある団子屋「くるまや」を舞台に繰り広げられる下 町の人情豊かな、寅次郎の悲恋物語である(この映画の舞台の下町情緒を味わうには 、実際に、葛飾柴又を歩いて見るのも一興であろう。帝釈天の参道には、「くるまや 」のモデルになった高木屋があり、雰囲気にひたることができる。また、帝釈天題経 寺の庭園も一見の価値がある。さらに、江戸川の堤防に向かって少し歩いたところに ある川魚料理屋川甚で食事の後は、矢切りの渡しで対岸の里見公園へ向かうと良い。 桜の季節は特に美しい)。主人公車寅次郎を日本人の典型例とする見方には異論もあ ろうが、誰もが下町にいるであろうと思うような架空の人物像を作り上げたことは、 特筆すべきであろう。このシリーズ第45作「寅次郎の青春」(1992年制作)は、甥っ 子満男とガールフレンド泉(後藤久美子)の恋に、いつもの寅次郎の実らぬ恋を見事 に対比させて描いた秀作である。また、出演者の永瀬正敏の音楽が随所に挿入され、 従来のこのシリーズとは違った印象を与えている。
 旅に出た寅さんが立ち寄ったのは、九州・宮崎のとある町。そこで寅さんは、知り 合った床屋の女主人(風吹ジュン)宅に「髪結いの亭主」の如くに居候を決め込んで いた。ある日、寅さんは、友人の結婚式で宮崎に来ていた甥っ子満男のガールフレン ド泉に偶然出会う。その時、運悪く、女主人に見られ、あわててその場を取り繕おう として、足を捻挫してしまう。泉が東京の「くるまや」に電話をすると、話が大きく なり、「くるまや」では、妹さくらをはじめ、義弟博、おいちゃん、おばちゃん、隣 のたこ社長を巻き込んで、てんやわんやの騒ぎとなってしまう。妹さくらの一人息子 満男は、泉に会いたい一心で宮崎に駆けつける。ところが、迎えにきた泉は床屋の女 主人の弟(永瀬正敏)と一緒であった。心中穏やかでない満男は、すねてしまう。寅 さんは、すねた態度の満男を見かねてAガールフレンド泉とのことを訊ねるの である。
 「立ち入ったことを聞くようだけど、接吻はしたのか?」と満男に語りかける。そ んな詮索はやめてくれという満男に、
 「それじゃあ、おまえ、泉ちゃんのこと愛してないのか」とさらに追い打ちをかけ る。
 「今のぼくの気持ちを、愛してるなんて簡単な言葉でいえるもんか」と満男が答え る。ここから、寅さん一流の講釈が始まるのである。
 「ああだめだ。それじゃあ、愛してないのと同じだよ。思っているだけで何もしな いんじゃな、愛していないのと同じなんだよ。おまえの気持ちを相手に通じさせなき ゃあ。愛しているんだったら態度でしめせよ」と寅さんが雄弁に語る。
 態度でしめせというのは、「愛してる」という言語行動や「抱きしめる」という行 為、つまり行動でしめせということである。この台詞にみられるように、実は、寅さ んは行動主義者だったのである。行動主義者の寅さんが自分の恋を成就できなかった のは、何故なのか?その秘密を満男は正しく指摘し、寅さんの悲恋の構図を浮き彫り にしてしまう。
 「自分はどうなんだよ。どうなってるんだ、あの色っぽい床屋のおばさんとの間は ?」と満男が反撃に転じる。
 「立ち入ったこと聞くけどね、キスぐらいしたの?」と攻守ところを変えて、満男 がさらに追求する。
 「この野郎!てめえ、叔父さんによくそんな口がきけるな!自慢じゃねえけど、俺 は、指一本だって触れちゃいないぞ。この俺は!」と自分の弱点を指摘されて、激高 する寅さん。
 自分の弱点を完膚無きまでに指摘された寅さんが激高するのも尤もである。これま での数々の実らぬ恋は、行動できない行動主義者ゆえだったからである(「それを言 っちゃあ、おしまいよ」という台詞がどこからか聞こえてきそうであるが)。行動で きない行動主義者とは、自己矛盾を絵に描いたようなものであり、そこに悲劇いや喜 劇が生まれもする。
 現在の心理学では、行動主義は常識であるという見方もあるが、これは、方法論的 行動主義のことである。方法論的行動主義とは、意識という私的出来事を一時棚上げ にして、観察可能な行動を扱おうとしたワトソン以来の考え方であり、観察可能な行 動から意識(内的過程)を再構成しようとする認知心理学の哲学的立場でもある。一 方、行動分析学の哲学的立場は、スキナーが発展させた徹底的行動主義(radical behaviorism)である。徹底的行動主義では、意識も言語行動として扱う。つまり、 意識は行動そのものなのである。さらに、最近では、目的論的行動主義( teleological behaviorism)なるものも唱えられている(Rachlin, Behavior and Mind, 1994)。これは、徹底的行動主義における強化の概念を拡張し、行動のパター ンと環境事象のパターンの関係を扱おうとする(すなわち、行動パターンが強化され ると考える)。つまり、目的論的行動主義は、愛、信念、確率などの心的概念を一つ の行動パターンとして理解しようとする試みなのである。いずれにせよ、現代心理学 の哲学的立場は、大別すれば、方法論的行動主義と徹底的行動主義、あるいは旧来の 行動主義と新しい行動主義ということになろう。行動分析学対認知心理学という対立 の構図は、誤解されているような行動主義対反行動主義ではなく、このような行動主 義の違いによるものといえるであろう。
 さて、居候生活もそろそろ潮時と思い始めた寅さんは、海辺へ散策に出た折り、満 男と泉と一緒に東京の葛飾柴又へ帰ることを女主人に告げる。落胆した女主人は、怒 って帰ってしまう。おきまりの寅さん失恋の場面である。泉は、女主人の寅さんへの 思いを察して、寅さんはここに残るべきだと言う。しかし、満男は、きっぱりとおじ さんは残るべきではないと、これまで寅さんが行動できなかった理由(わけ)を説明 して、叔父の寅さんに同意を求めるのである。
 「叔父さんは、人を笑わせるのが巧いし、楽しい人だから、おばさんも幸せかもし れない。けど叔父さんは、楽しいだけで、奥行きがないから、一年もすれば、結局あ きてしまう。叔父さんはそのことをよく知っているんだ。だから帰ることを選択した んだ。そうでしょ、叔父さん」と満男はいう。
 「それは正しいかもしれない」としぶしぶ認める寅さん。
 一方、満男の恋も、泉が母親の入院で名古屋へ急に帰ることになり、不透明なまま 終わりを迎えようとしていた。母さくらから新幹線の発車時刻を聞いた満男は、大学 から東京駅へ駆けつける。新幹線ホームでの最後の別れのシーンは、寅さんの別れの シーンと重ね合わせて見ると、一際印象深い。やはり、満男も寅さんと同じように、 「好きだ」ともいえずに別れを迎えてしまう。この場面では、永瀬正敏の音楽が効果 的に使われ、青春の哀感が痛いほど見る者の胸を打つ。
 映画「男はつらいよ」シリーズは、行動できない行動主義者としての車寅次郎の悲 劇いや喜劇を描いたものといえよう。 
付記:先の行動分析学会大会の折り、久しぶりに葛飾柴又の帝釈天を訪れてみた。京成柴又駅から行き交う人々で賑わう参道には、昔なつかしい 風情が感じられたが、参道は綺麗に舗装され、「くるまや」のモデルとなった高木屋 は参道の両側に店をかまえるまでになり、川魚料理屋の川甚は大きなビルに変わって しまっていた。何よりも、「寅さん記念館」なる建物を目の当たりにして、映画「男 はつらいよ」を巡る物語のそれこそ本当の終焉(おわり)を実感した。「寅さん記念 館」の屋上庭園から眺めた晩秋の江戸川と帝釈天題経寺だけが昔のままの佇まいであ った。


速 報:国際行動分析学会 in ディズニーワールド

 第24回国際行動分析学会年次大会(ABA)が去る5/22-26、フロリダのディズニ ーワールドで開催されました。詳しくは、次回にお届けする日本から参加した若手の ホープ諸君によるレポートに乞うご期待。今回はちょっとしたサワリだけお届けしま す。

M:お久しぶりです。渦潮まき子でぇーす。短大を卒業して、なんと四国教育大学に 編入したんです。だって、行動分析学って面白いんだもん。それに....ウフ。心 理学の国際学会に行きたいって言ったら、パパが喜んで、全部お金だしてくれたの。 ラッキー。ねぇ、わたるくん。
A:....うん、じゃなくて、はい。明石渡です。渦潮さんの同級生です。変わっ た人が編入してきて、正直、戸惑っています。
M:何、言ってんの。一緒にディスニーワルドに行った仲じゃない。
A:ディスニーワルドに行ったんじゃないよ。国際行動分析学会に行ったんだよ。
M:またまた硬いこといって。そんなことだから、わたるくん、ずっとホテルから出 なかったのよ。
A:渦潮さん、どこにいたの?そう言えば、ずいぶん日焼けしているような....
M:ずっと天気よかったのよねぇ。
A:ぜんぜんセッションに行かなかったの?
M:行ったわよ。オープニングセッションとか。何だか、授賞式みたいだったわね。
A:そうだよ。社会的妥当性の重要性を提唱したウォルフ博士、シートベルト着用や 安全管理などでメディアでも活躍しているゲラー博士、国際的な活動をしているリベ ス・イネスタ博士、それから今年から人だけではなく組織にも賞が授与されるように なって、ウエスタンミシガン大学の心理学部が受賞したんだ。
M:ゲラー先生って迫力あったわ。なんだか政治家の演説みたいな感じ。何言ってる かわからなかったけど。
A:おいおい。わかりすい話だったろ。僕は「我々はとてもよいテクノロジーを開発 しているのに、誰もそれを宣伝しない!」っていう彼のメッセージには共感できたな 。
M:あたしがわかったのは、マイケル先生が話していたウエスタンミシガン大学の歴 史のところ。学科長か何かが、この心理学部は行動に偏ってる!って攻撃して、それ で調査委員会を設けたけど、その委員長がフレッド・ケラー先生だったということ。 もちろん調査結果は「問題なし」。そんでもって、調査終了後にケラー先生をスタッ フとして雇っちゃうんだもん、どんどん偏っていくわよねぇ(笑)。
A:他にはどんなのにでた?
M:もちろん、佐藤方哉先生の会長就任講演はみにいったわ。私には難しすぎる話だ ったけど。
A:個人差とか個体差とか種差とか、とにかく「違い」を扱える心理学として発展し ないといけない、っていう話だったよね。そうすれば行動分析学は心理学の中で最も 進んだ科学になるって。
M:きっと、そのうちThe Behavior Analystかなんかに論文として掲載されて、ゼミ で読まされることになるんだわ。 わたるくんはどうなの?何か面白い発表あった?
A:いくつもね。でも、一番面白かったのは、スキナーの模擬裁判。People vs. B. F. Skinner と称して、裁判官、判事、弁護人、証人の役の人達が、本当の裁判のよ うにして、果たしてスキナーは人々の自由意思を抹殺したか、人々を意のままにコン トロールしたかが争われたんだ。
M:あら面白そうね。劇みたい。
A:劇だったんだよ(笑)。被告側の証人には外的報酬は内発的動機づけを破壊する といって批判するコーン、味覚嫌悪学習などをして種の特異性とオペラントの制約を 主張するガルシア、それと、もちろんチョムスキーなどが登場。弁護側には、カタニ アやハインライン、グレンなど、そうそうたる行動分析家が顔をそろえたんだ。
M:ホンモノ?
A:みんな大学院生さ。もっともカタニア先生とハインライン先生は観客の最前列に 陣取って観てたけど。
A:怒ってなかった?
M:真赤になって笑っていたよ。特にカタニア先生は。カタニア役の学生が「 Learning(カタニアの執筆した教科書)の新版の装丁は気に入らない!」とか「今年 のABAのポスターセッションは発表が多すぎて1件あたり30秒しか見られない!!」 ってアドリブいれたところでは大うけだった。
A:きっと自分でそう言ってたのね。
M:渦潮さん、他には?
A:ソーシャルだっけ、夜中の2時まで踊りまくって、楽しかったわ。日本から一緒 に行ったみんなも楽しんでいたみたい。
M:そんなのばっか。


つくばへ行こうよ

第16会日本行動分析学会年次大会のお知らせ

 今年の年次大会は真夏につくばで開催されます。皆様のお手元にもそろそろ案内が 届いていると思われますが、盛りだくさんの内容で、充実した大会になりそうな予感 です。
 準備委員会が掲げるテーマは、2年前に名古屋で年次大会が開催されたときの『社 会に開かれた行動分析学』を踏襲するものだそうです。これを反映して、一般向けの 研修会の開催や様々な企画が行われます。

新記録樹立!
 大会準備委員会によれば、今年の発表申込みは47件、参加申込みは87人。過去最高 の新記録だそうです。海外からの申込みもあり、これはもう盛り上がらないわけには いきません。
 これまで行動分析学会では、基礎と応用の連携を強めようというモットーがありま した。だから年次大会でもできるだけ発表会場の数を抑えて、一つの発表にたくさん の人が集まり、多様なコメントが得られるように配慮してきました。今年はどうなる か?大会準備員の方々の腕の見せどころです。

研修会の開催
 大会の前日、8/18(火)には、「子どもの心に応える−現場にいかす行動分析的ア プローチ−」というテーマで研修会が開かれます。教師、保母、福祉施設職員の皆様 を対象に、教育や福祉の現場でいかに行動分析学を活用していけるかを、東京学芸大 学の福島脩美先生、筑波大学の小林重雄先生を講師にお招きしてうかがいます。会員 の方々もぜひふるってご参加くださいということです。

多彩なシンポジウム・小講演・ワークショップ
 今回はシンポジウムや小講演、ワークショップなど、企画モノも目白押しです。タ イトルからキーワードをひろってみても、「心の理論」、「動物実験研究の最前線」 、「自己(セルフ)」、「個別教育計画(IEP)」、「パフォーマンス・マネジメン ト」、「事例研究における統計手法」などなど。まさに多彩で期待できます。  夏の暑い時期の開催ですが、いよいよ熱い行動分析学会の祭典です。ぜひ、皆さん のご参加をお待ちしております。


編集後記

・何だか、ものすごい数の人が学会をやめていったように見えるかもしれませんが、 ほとんどは長期滞納によって退会となった方々です。これにより、会費の納入率は向上し(97年度は5/14時点で87.7%)、学会は経済的に健全な状態に 戻りつつあります。入会者も多く、現在の会員数は386人です。会員数が学会の「盛 り上がり」を測る指標として最もふさわしいかどうかは疑問ですが、重要な目安であ ることは確かでしょう。学会が大きくなれば社会に与えることのできる影響も大きく なるのは確かです。新しく学会のパンフレットも完成しておりますので、同僚、上司 、お友達に行動分析学会をご紹介したい方はぜひ事務局までリクエストして下 さい。

J-ABAニューズ 第10号 発行 日本行動分析学会 〒154-0012
世田谷区駒沢1-23-1
駒沢大学文学部心理学研究室内
E-mail: j-aba@komazawa-u.ac.jp
TEL:03-3418-9305,-9303
FAX:03-3418-9126