日本行動分析学会ニュースレター

J-ABAニューズ
2000年 冬号  No. 18


和田秀樹『受験勉強は子どもを救う』

シリーズ:生きがい本の行動分析 (第四回)
長谷川芳典(岡山大学)

 受験シーズン真っ盛りということで、今回はこれまでとやや趣の異なる本 (河出書房新社、1996年)をとりあげてみることにした。この本の著者の和田 秀樹氏は、灘中・灘高から東大理IIIに入学。精神分析学を専門とし神経科の 医師として活躍されておられるほか、『数学は暗記だ』など受験指南書多数、 心理学関係者のあいだでは、市川伸一氏との共著『学力危機 受験と教育をめ ぐる徹底討論』(河出書房新社, 1999年)が話題になったこともある。私自身 もこの『学力危機』を通じて本書の存在を知った。

 人生には、平坦で比較的安定した時期とは別に、困難な状況に全力で立ち向 かわなければならない時期がいくつかあるものだ。いまの日本人にとって、そ の最初の関門が大学受験であるという人は結構多いのではないかと思う。では、  多くの受験生やその家族にとって、これらは切実な問題になっているはず。 本書には決して励ましの言葉はないが、そうした疑問の解決を通じて、結果的 に受験生に生きがいを与える内容を含むものとなっている。

 さて、本書は、「受験勉強=悪玉論への反論」、「日本人の性格変化」、 「人生にとっての受験勉強の意義」、「日本全体からみた受験勉強の功罪」と いう4章構成になっているが、依拠する立場やロジックから主張内容を分類し てみると、(1)御自身の精神分析学の立場から諸現象の解釈している部分と、 (2)既存の精神分析学の一派あるいはそこから派生した固定観念を批判してい る部分のあることに気づく。 まず、上記(1)に相当する部分としては、1970 年代中盤を境にした学生のパーソナリティの変化についての解釈がある。具体 的には、メランコ人間(躁うつ病型)の時代からシゾフレ人間(分裂病型)の 時代への変化があったという指摘[p.52〜54、115〜120]であり、実際この頃 から、五月病に代わってスチューデント・アパシーが問題にされるようになっ たという。 1975年に学部を卒業した私自身、その変化は身をもって感じ取れ たと言える部分は確かにある。もっとも、あの当時はベトナム戦争の終結など による世界情勢の変化や学生運動の衰退が顕著であった。それまでの学生のよ うにバリケードストライキに参加するのか、団交の場から逃避して勉学に没頭 するのかというような二者択一型の選択を求められることは無くなった。記述 概念としての「パーソナリティの変化」は事実であるとしても、もう少し因果 的説明を求めたいところがある。 いっぽう(2)に相当する部分については、 この人はホンマに精神分析家なんやろか、むしろ行動分析の立場を主張してい るのではないかと思われる部分がある。まず、精神分析学起源の固定観念に対 する批判としては、

a.思春期の精神的混乱(ターモイル)は正常なものであるばかりか人間発達 上不可欠な調整期間であるとの主張には根拠は無い。ターモイルを経験させた 子供のほうがその後のメンタルヘルスや発達がよくない。少なくともわざわざ 放任主義をとっても結果はよくならない[p.24〜29]。

b.精神分析的な発達理論の中には、乳幼児の心をあまりに一方的に仮定した ものだと批判されているものもある。アンナ・フロイトの理論などは、精神分 析の患者の心から、乳幼児の心の発達を類推したもので、およそ科学的には正 確とは言えない[p.35]。

といった指摘を挙げることができよう。受験勉強からは脱線するが、一部の臨 床家の中には、不登校や引きこもり、あげくのはてには家庭内暴力までもを、 人間発達上必要なモラトリアムの時期であると解釈し、積極的な介入を避けよ うとする流派があるが、この御指摘にもっと耳を傾ける必要があるように思う。

 このほか、受験勉強における素質論批判[p.43〜45]も興味深い。また上掲 の『学力危機』では、「内発的動機づけは現実的でない」として、外的動機づ けを組み合わせること(=付加的に好子を提示すること)の意義を強調してお られる点も忘れてはならない。

 ところで、受験勉強はどのような望ましい行動を形成するのだろう。この点 については第3章で詳しく触れられているが、「(自己の点検、志望校の選択 や参考書の取捨選択などの)情報処理能力」、「決断や割り切り」、「(締め 切りを守るというような)スケジューリング」などが社会に出てからも役立つ 具体的な行動として挙げられている。このあたりは、高校野球の特訓やボラン ティア活動だけでは育てられない。受験勉強悪玉論者も異論を唱えないものと 思う。  このほか、我々がしばしば常識のようにとらえがちな悪玉論に対して、なる ほどと思わせるご指摘が満載されている。紙面の都合でその一部だけを要約す れば、

a.【面接試験や小論文試験は通常の学力試験では見られない能力を見出せる と言うが→】.面接や小論文のように人の目が介在しすぎるシステムはシゾフ レ人間には適さない。むしろ、偽正常の病理を悪化させるし、せっかく優秀で ありながら対人恐怖症である人々のチャンスを奪う恐れがある[p.189]

b.【受験があることによってノイローゼになる人が出ると言うが→】受験ノ イローゼになる人を受験から解放しても、就職、転職、失恋などさまざまな困 難に打ち勝てるかどうかは定かでない。また受験ノイローゼの弊害を主張して いる人達は、同じ受験勉強をしていている多くの子がノイローゼにかからない ことについて何の説明もしていない[p.33〜36]。

c.【受験勉強はクラスメイトを競争相手にしてしまうと言うが→】課題(タ スク)のないグループは個人を退行させる[p.172〜178]。進学校や予備校で はむしろいじめは少ない。むしろ他校に負けたくないとか、一緒に東大を受け るという連帯意識があった。内申書重視・推薦入試制度のほうがむしろ校内で の連帯感を困難にする[p.39〜40、176〜178]。

d.【学力試験の結果だけではモラルを欠いた学生が医学部に入ってくると言 うが→】モラルを欠いた医者が生まれてくるのは、学力偏重の入試に原因があ るのではない。むしろ教授専制支配型の医局の体質がモラルの無い人間を作る [p.59〜66]

e.【過保護な親は子供をダメにすると言うが→】子供の自立を強調しすぎる 子育て理論には問題あり。子供を無視しフィットネス・クラブやカルチャーセ ンターに通う親が増えることのほうが問題[p.72〜73]。

f.【学歴社会は悪い悪いと言うが→】学歴社会の功罪は、貴族社会、金権社 会、実力社会など比較の上で論じられなければならない[p.159〜167]。

などなど。とにかく、和田氏の主張に賛同するにせよ反対するにせよ、「〜と いうことは当たり前のように言われてきたが本当のところはどうなんだろう」 とクリティカルな見方が満載されていることは間違いない。行動分析家必読の 書といってもよいだろう。

かつて、ウェスタンミシガン大学の心理学部コロキュアム(週1回講師を招いて講演 してもらう)で、日本の教育システムの紹介とその行動分析的解釈を話したことがあ りました。受験・偏差値・予備校など、学校教育以外の行動随伴性とそれにまつわる 強力なルール支配行動に、みな興味を覚えていたようです。少子化に伴い、実質、競 争なしで大学入学が可能になるこれから、いよいよ日本人の基礎的学力や思考力の低 下が心配です[編]。

私と行動分析学との出会い (3)

リレーエッセイ
中野良顯(上智大学)

(前号からの続き)

 昨日、カリフォルニア州立大学ノースリッジ校の社会学教授、高知出身のイ ガ先生のお宅にディナーに招待された。先生はロサンゼルスの自殺研究所の仕 事もしているので、慈恵医大の大原健士郎教授と親交があり、大原教授の仲間 の一人であるレイノルズ教授が今週から4ヵ月ほど日本に研究に出かけるとい うので、私を彼に引き合せるため、家族ぐるみで招待して下さった。

 ロサンゼルスに来てわずか8ヵ月なのに、グリーンウッド家、ゴールドストー ン家、我妻洋教授、イガマモル教授と、昔からの知己のように力づけ、引き立 ててくれ、帰国が近づきつつあるこのごろは、周りの人々のやさしさと親切が 一入深く心に沁みる。

 レイノルズ教授とイガ教授と私は、日本人について次のような議論を展開し た。日本人は極めて人間関係を重視する人種、つまり関係人間である。現在の 日本人の親子関係は、子どもが学校でいい成績を取ることを条件として成立し ている。親は子どもが学校でいい成績を修めるよう子どもをコントロールして いる。

 しかし、コントロールしているのは子どもの方でもある。子どもは、勉強す るから勉強部屋を作ってくれ、勉強づかれを癒すためにステレオを買ってくれ、 部屋の壁の色がいらいらするから薄い緑色に塗り替えてくれのように、「勉強 するから・・・・してくれ」という形で親にいろいろのことを要求する。その 要求はかなりの程度実現する。

 この親に対する子どものコントロール力は、親が子どもの学業達成への期待 が失われないかぎり維持される。親は子どもへの学業的期待がある限り、それ を口実とした要求に弱い。弱味はコントロールが働いていることを示す証拠で ある。子どもの成長とともに、親の学業的期待は裏切られる例がある。むしろ その方が現実だろう。受験に失敗する、成績が下がる。度重なれば、子どもへ の学業的期待は実現しえない期待として認めざるを得なくなる。

 親にあきらめられた子どもの方はどうなるか。もちろん、子どもはもっとは やくから、親の期待に応じ得ないことに気づく。しばらくは成績をごまかして でも「勉強するから・・・・してくれ」という形の要求を使い続けるが、つい にこの手が使えなくなったとき、子どもも親に対する制御力を失う。母親との 関係を通じて強化子を入手することができなくなる。大学受験での失敗は、子 どもにとっては大学生になるチャンスを1年間失うことと、母親や父親との間 の期待に裏づけられた暖かい人間関係を喪失することとの2つの意味をもって いる。

 関係人間の日本人にとっては、この後者の暖かい人間関係の喪失は、大学生 になるチャンスの喪失に負けず劣らず、ときにはそれ以上に重要なことになる。

 大学受験は自分が将来何者かになりたいからするだけではなくて、重要な他 者の期待を満たし、他者に対するコントロール力を維持し続けるためにする。 だから合格した受験生の中には、父母に対する自分の制御力は失わずに済んだ ものの、大学生なってみると自分がなぜ勉強するのか分からなくなる者が混じっ ている。

 就職の際には大学の名前(勉強して入ったことの証明)によって自分を会社 に売り込む。就職したあかつきには、父母に代って会社が人間関係を提供する。 そこで「会社のために仕事をするから・・・・してくれ」という会社に対する コントロール力を手に入れる。こうして関係人間は、日本の社会で成功すれば、 一生うまく「関係」を維持し、制御力の喪失経験をせずに、生涯を送ることが できる。

 イガ先生は、日本の外から日本人を論じ、アメリカ人を論じて、いつも学問 的刺激的を与えて下さる。我妻洋教授が米国訪問中の京極純一教授をロサンゼ ルスの自宅に招き、市内の日米のジャパノロジストを召集して、晩餐会を開い たとき招待され、そこでイガ先生を紹介された。それ以来、私たちがホームシッ クにかかっているころを見計らっては、自宅に招待したり、リトル東京の寿司 屋に招いたりして、私たちを暖かく激励して下さる。

ガソリン不足 1979年5月7日(月)
 今日はUCLAに来ると、フルブライト委員会から私あてに930ドルの小切手が 届いていた。私の計算では今月いただいた400ドルで終わりのはずなのに、い つの間にか270日分の奨学金が300日分に延長されているらしい。別のフルブラ イターに確かめると、ワシントンの本部の手違いで多く払い込まれ、後で返却 を要求された人もいるとかで、当分はこのお金には手を付けないことにした。 しかしわずかなお金でも余裕ができると安心する。

 滞在期間が残り少なくなると、1日も無駄にしたくないと思い、これでいい かなあと考えてしまう。アメリカに翻訳にきたんじゃないんだからと言われた りもするが、何となくじっとしていられなくなり、本を読んだり、図書館でコ ピーしたりと、つぎつぎに新しい仕事に手を延ばしてしまう。

 それでも今日は早めに研究室を出て帰途につき、途中で車のガソリンを補給 しようとしたら、どのスタンドも長蛇の車の列で、結局ヴァンナイスの自宅に 一ばん近い行きつけのスタンドに、4時半から5時10分まで並ぶことになった。 悲しいかな!私の1台前の車から「もうガスはありません」と断られてしまっ た。ガソリンを輸入している日本でこうなるなら納得もするが、ガソリンが豊 富なはずのアメリカでこんな目に遭うなんてばかげている。

ロヴァスの臨床手腕 1979年5月22日(火)
 静岡大学の石井正春助教授が、21日と24日にロヴァスを訪問する。21日には ロヴァスの個人ケースの観察を許され、石井氏と2人で6歳の自閉男児のロヴァ スによる受理面接を1時間ほど見学した。この子は表現言語も理解言語もかな りあり、自分の好きなことはしたがるが、課題などをさせると動作がのろのろ していてやる気が感じられない。ロヴァスは子どもに対面して座り、「ここで は私がボスだ。勝手なことをせず、きちんと課題をやろう」と教示し、どんど ん課題を出す。子どもがふざけてやろうとしないと「ノー!」といい、子ども はメソメそする。それでも知らん顔で、どんどん課題を出し続けていく。やが て子どもは観念したかのように、素直に反応するようになる。その変化には驚 かされる。後半になると、初めのころのノロノロした感じはなくなり、ロヴァ スの動きと指示によく注目するようになり、真剣になってくる。その動機づけ の変化が手に取るように分かる。最後は子どもは泣き止んでしまい、ニコニコ 笑いながら、生き生きしとした表情で、得意そうに正しい反応をして見せ、す べての課題を終わった。いつもながらロヴァスの指導の手際は天才的で、驚か されてしまう。

日本人訪問者接待 1979年6月8日(金)
 先週1週間は、ずっと曇りで肌寒いような天気が続いたが、今日は久しぶり に晴れて、30℃ 近い暑さになった。ロヴァスの講義も昨日で終わり、あとは 期末試験だけとなり、長男の学校も来週木曜が終業式となって夏休みが始まる。

 私たちは6月15日から22日まで、ミシガン州のデイアボーンで開かれる第5 回ABA大会に参加する予定を立てた。しかし購入した航空券が往復ともDC-10で あることをロヴァスに話すと、「DC-10は他機との対抗上急いで作ったものだ と言われている。命が惜しいのでおれは乗りたくない。フライトを変えた。お 前もそうしろ」と秘書のフローに変更手続きを命じてくれた。しかし変更に手 間がかかり、なんとなく気持ちが落ち着かない。

 ロヴァスはこの週末(9日)にアイダホに行き、来週月曜(11日)からフロ リダで自閉症ワークショップを開き、週末にそこから直接ディアボーンに向う という。

 日本からABAに参加する人たちを連れて、山口薫先生が来週月曜(11日)に UCLAに立ち寄りたいと連絡があった。ロヴァス不在のため、私と院生で案内す ることになった。私たちはABA大会の後、26日から30日まで、サンノゼ州立大 で開かれる全米自閉症協会(NSAC)の年次大会に参加してみることにした。飛 行機は使わず車でゆくことにした。これで6月後半の予定は満パイとなった。

 今月はこれで日本からの4組の訪問者を案内することになる。3日には教え 子のTさん夫妻をスペースミュージアム、マリブビーチ、チャイナタウンに案 内した。4日と5日にはIさんという人をUCLAに案内した。そして11日には山口 先生たち。さらに24日には長瀬又男先生が来てこちらに1泊し、翌日UCLAを案 内して、ロス空港に送り届けることになっている。

 でも7月は大きな予定をほとんど立てていない。ロヴァスは東学大学長あて に私の留学延長願いを前に出してくれていたが、大学からは未だに返事が届い ていないので、8月14日には帰国しなければならない。そのつもりで家主やレ ンタル家具会社などに7月末日解約を通告した。 8月1日からはモテルにでも 引っ越し、「分離不安パーティ」を開いてくれるという。5日ころまではロス に滞在して、後はお金が残っていればハワイに寄って日本に帰りたい。

 日本の勉強仲間あての資料の郵送も、前回送ったものでほぼ終わりにしよう と思う。いま最後の仕事としてロヴァスとニューソム(1976)の「精神障害児 の行動修正」(ライテンバーグ編『行動修正行動療法ハンドブック』プレンティ スホール)を訳しはじめた。これとミーブックの日本版の完成が、帰国までに 目鼻をつけたい最後の仕事になりそうだ。

山口薫先生来訪 1979年6月11日(月)
 ABA行きの飛行機は、最初DC-10を予定していたが、FAAの命令で飛行できな くなり、707に振替えられることが今日の電話でわかった。ここ数日ものすご い暑さだ。昨日日曜日は104゜F、摂氏40゜Cで史上初の暑さとなった。今日は またそれ以上になりそうだ。先生はおとといからロスにお出でになっているが、 この暑さにはさぞ驚かれていることだろう。しかし湿度は11-30%と非常に低 く、カラカラ天気のため、草木は息も絶え絶えで、人間の喉は乾き、山火事が あちこちで起こっている。日本海側のフェーン現象のような気候が何日も続い ていることになる。

 昨日は長男のクラスの子どもたちに卒業記念のプレゼントにするため、ユリ の花を35本、折り紙で作った。1本1本作りながら、週末のデイアボーンへの空 の旅の無事を祈った。同じ動作を繰り返すことは鎮静作用がある。

 今日は昼過ぎから山口先生一行4人を研究室に案内する。ロヴァスはアイダ ホからフロリダ方面のワークショップに出かけてしまったので、12時半から1 時半まで、私がロヴァス研究室の臨床を説明し、その後3人の院生に30分ずつ 現在の研究についてレクチャーしてもらい通訳した。

 3時からは30分ずつ2ケースの実演があり、そのあと全員でデスカションした。 ロヴァスには、ディアボーンで引き合せることにした。

 山口先生は満足そうで、阿部かねさんからだと言って、新茶とヨウカンと走 り書きの手紙を下さった。「忙しい中とは存じますが山口先生をよろしくお世 話下さい」とあった。いいお弟子さんをもって先生も幸せだ。先生は「息子さ んはどうですか」「奥さんはこちらの方がいいと言っているんだって?」など と質問され、四方山の話に花が咲いた。それから4人を私の車でホリデイイン までお送りしてそこで別れた。先生たちは明日早朝ツーサンのビジュー先生の ところに向けて出発されるという。ABAでの再会が楽しみだ。

中野先生のエッセイ、次回がいよいよ最終回です。お楽しみに[編]。

安田女子大学人間科学科および文学研究科河合ゼミ

研究室紹介
河合伊六(安田女子大学)

 広島駅からJ R 可部線で約20分、大町駅でアストラム・ラインに乗り換え て2つめの安東(やすひがし)駅で下車し、なだらかな坂道を10分登ると安 田女子大に着きます。丘の中腹に位置している研究室からは、窓の下に広がる 住宅街や、そのあいだを流れる小川や軽快に走るアストラム・ラインが眺めら れます。正面に聳える緑濃い武田山の四季の絶景は、疲れた目と気持ちを慰め てくれ、別荘にいるような気分を満喫させてくれます。

 安田女子大学はすでに85年の歴史を持ち、付属幼稚園(2園)、小学校、 中学校、高校、短期大学(3学科)、文学部(4学科)の上に、博士課程前期・ 後期(文学研究科、3専攻)を持っています。大学院は男女共学で、教育学専 攻には社会人や現職の教員(大学、短期大学、小学校、幼稚園)も多数在籍し ています。

 私の研究室のある8号館(地下1階、地上5階)は、平成10年にスタート した人間科学科(学生定員120名)のために新設されたものです。研究室だ けでなく教室も廊下も心理学実験室(5室)もすべて冷暖房完備で、床には絨 毯が敷かれています。人間科学科は臨床心理学、生涯学習論、人間学(哲学的 倫理学的)の3領域から成り、心理学担当の専任教員が4名います(内1名は 本年4月に就任予定)。私は新設のさいに学科長として就任し現在2年目です。 2年後の完成年度には引き続いて大学院の増設が目指されています。学生(第 1期生)の多数が臨床心理学分野を希望していますので、4月からのゼミ生は 20名に達しそうです。何とも賑やかなゼミになるだろうと、楽しみ半分逃げ 腰半分の複雑な心境です。

 現在、1年生対象の「臨床心理学概論」(通年、必修)、「人間科学論」 (必修、9名で担当)、2年生後期から3年生前期にわたる「臨床心理学演習」 (通年、選択)を担当しています。さらに4月からは、3年生向けに「行動療 法」と「学校臨床心理学」(両者とも選択)を担当する予定です。

 臨床心理学概論では、Nye の原著「臨床心理学の源流」(拙訳)を使用して います。原著は、フロイト、スキナー、ロージャズの理論の要点を公平に紹介 して三者の比較を試みた後、批判とコメントを加えながら、スキナーとロージャ ズの統合を示唆しています。そこで私も、まずフロイトの学説を解説して学生 をフロイト信奉者にした後、行動分析の観点から厳しく批判しています。その ために学生たちは背負い投げをくらったような思いをさせられているようです。 スキナーの章の解説には、当然のことながら、かなりの時間を当てています。 続いてロージャズに触れ、行動カウンセリングなどを取り上げては、技法の包 括的な折衷が必要であることを強調しています。学生によると、私はスキナー の話をしているときはニコニコしているのに、フロイトやロージャズに触れる 時には苦虫を噛み潰したような表情をしているそうです。ある学生が「先生は 本当にスキナーが【好きナー】んですね」と話し掛けてきたので、スキナーは 「【好きナー】だけでなく【ス(て)キナー】人だよ」とだじゃれで答えたり しています。

 2-3年生対象の「臨床心理学演習」では、ストレスの問題と高齢者の問題 行動を取り上げています。この4月から始まる3年生対象の「行動療法」では 学習理論の系譜を追ったのち、具体的な実例を取り上げて行動変容の原理と技 法を解説し、「学校臨床心理学」では、不登校児の再登校指導を中心に、いじ めや学級崩壊への対処法などを問題にする予定です。

 大学院では「教育臨床心理学特論」「同・演習」「教育臨床心理学特殊講義」 を担当しながら、ゼミでは6名の院生と賑やかにワイワイ楽しく厳しくやって います。6名のうち、博士課程後期の一人は市内の某大学の助手(男性)で、 前期課程の5名は、学習塾の教師・経営者(女性、私の広島大時代の研究生)、 小学校教師(男性)、個人病院長夫人で保護司(女性)、別の大学卒業生2名 (女性)です。研究テーマはそれぞれ異なっていますが、不登校児童・生徒の 再登校指導、青少年の非行行動、組織における行動変容(Organizational Behavior Modification:OBM)などについて、行動分析的観点から分析し臨床 的な実践を試みる形で取り組んでいます。最近では、さらにLazarus, A. のマ ルチ・モーダル・モデルにも関心を向け、行動分析の理論的立場に依拠しなが ら、Brief but comprehensive なアプローチを試みようとしています。私のゼ ミ生から昨年2名、今年2名の修論が提出され、2年後には課程博士の誕生も 期待されています。

 私自身は、数年前からスキナーの「Science and Human Behavior」 の翻訳 を数人に呼び掛けてみんなで取り組んできましたが、今年中には出版の日を迎 えることができそうで、今から楽しみにしています。また、先年公刊した「登 校拒否:再登校の指導」の改定版が出版されることになり、院生の協力も得な がら、その拙稿のまとめを急いでいます。不登校の児童・生徒の再登校指導に は、行動分析の原理に基づく技法がもっとも有効であることを改めて痛感して いるところです。また、これまでの常識的な子育ての問題点を指摘した上、子 育てに行動分析的発想や技法を活かすことを提言する一般向けの書も執筆中で す。私の行動パターンはかなり「タイプA 」であり、時間や原稿締切はかなり 厳しいほうです。院生にも早めに「計画を立てて仕事を追え」と呼びかけてい ますし、「時間がなかったので」という弁明は認めないことにしています。 「遅れた完熟品よりも早めの試作品」を大事にしたいからです。それだけに拙 稿のまとめを遅らせてはならないと自戒しています。 また、「研究がうまく 進まない」とか、「子どもの行動の変化が見られない」とこぼしている院生に は「明日のことを思い煩うよりも今日できることを確実にやれ。明日からの道 は自ずから開けてくる」「ターゲット行動に至る最初のステップの達成をまず 目指せ」「目標を述べるときには、達成の方策と活動計画もいっしょに示せ」 「目標達成の途中で、たびたび小さな自己強化を行なえ」と示唆しています。 これらはまさにシェイピングの技法だと言えるでしょう。修論の構想や新しい アイディアが浮かんだときには「すぐに文章に書くこと」を求めます。具体的 に行動しなければ具体的な結果は見えてこないからです。これらは私自身に対 する戒めでもあり、毎週の「特別研究」でも、このような考えで接しています。 そのせいか、毎週の「特別研究」の時間には必ず何らかの進歩や成果が報告さ れます。何らの進歩もなしに「特別研究」の時間を迎えることはほとんどあり ません。これは何よりも嬉しいことです。

 新設の学科長として忙しい仕事に追われるために院生とゆっくり過ごす時間 も取りにくいので、院生には研究室と拙宅のE-mailを活用するように奨めてい ます。休みの日でもたびたびE-mailを開いていますので、「◯◯君が今日、指 導計画通りに登校しました!」という報告などもすぐに知ることができます。

 「地域に開かれた大学院を!」という願いから、一昨年開いた「リカレント 学習講座」の後、その受講生のOB(ほとんどは地域の小・中学校の教師です) を中心に、自由に誰でも参加できる勉強会を毎月1回開いています。それに院 生も参加しており、最近、地域の学校から求められてその学校に出向き、子ど もの問題行動の改善の相談に乗ったりしています。さらにある院生の指導のも とで母親の勉強会が組織され、その母親たちは、子育ての問題について地域の 母親の相談に応じるほどにまで成長しています。このように、従来からの常識 的な発想に代わって行動分析的発想に基づかなければ、子育て、とくに問題行 動の改善はうまくいかないことが次第に地域に定着しかけています。この動き をさらに拡げたいものです。

 この4月、安田女子大学には心理学担当の教授が2名増えますので、全学で 心理学担当者は10名となります。来年度には院生の研究もさらに充実してい るでしょうし、人間科学科も完成年度を迎えますので、院生や学生の勉強の機 会を作るためにも、また地域への貢献をするためにも、中国四国心理学会総会 第57回大会の開催を引き受けることにしました。そのさいには地域に向けて の公開講演もしくはシンポジウムも開きたいと、ボツボツ心づもりを始めてい ます。どうぞ今後ともよろしくご指導ください。

本題とはズレますが Science and Human Behavior の訳本がでるんですね!!  思考や自己、法律・経済・教育の仕組みとか、文化の設計とか、とにかくス キナーを知らずしてスキナーを批判する人たちにぜひ読ませて上げたい本です よね。分かりやすく読みやすい日本語になるといいですね。楽しみです[編]。

お知らせ:「心理臨床家に求められる倫理をめぐって」

日本行動分析学会主催ワークショップ
 近年、教育、福祉、医療などの分野において、指導、治療、相談の作業の過 程で様々な問題や事故が起こっています。「援助を受ける側」の人を守るため、 そして「援助する側」の己を律するために倫理的な問題は避けて通ることので きないものです。当ワークショップは、専門家としての倫理的資質の向上のた めに、米国および日本で活躍されている専門家を招き、教育や臨床的業務に携 わる人間が「してはならないこと」「しておかなければならないこと」につい て公開討論を行うものです。関連する仕事に従事されている方々、関心のある 方の参加をお待ちしています。

こちらに詳細情報がございます [Web編]。

編集後記

  最近、『セブン-イレブン流心理学』とか『アサヒビールの秘密』とか『ヤマ ト宅急便驚異の集配網』なんていう本ばかり読んでます。トロロそばを買う人 は同時に納豆を買いやすいという相関データから、この2つの商品を隣り合わ せに置いたら売上げが上がったとか...とても面白いです。好調なアメリカ経 済、そして未だ不況の日本でも業績を上げている企業を支えているのは、情報 マネジメント革命であると言われていますが、ここで“情報”というのが、実 は“行動”の情報だってことはあまり認識されてませんよね[編]。

J-ABAニューズ編集局
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J-ABAニューズ 第18号  発行日 2000年2月20日
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